ディレクターの存在は制作物の品質を上げるのか? 第1回 実装者のほかにディレクターは必要なのか
「制作物の品質を上げる」ということはだれもが望むことです。そのためにできることの一つとして、ピクセルグリッドが実践しているのが「ディレクター」という役割の配置です。まずは、なぜディレクターが必要か、考えてみます。
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はじめに
筆者は高津戸は2023年4月現在、ディレクターという肩書で仕事をしています。実装する部分で、そんなに大変でないものについては自分でやってしまうことは多いものの、ある程度のボリュームのある内容であれば、ほかの実装メンバーをアサインして仕事を進める。そういう形で仕事をしているのが筆者です。自分自身について言えば、そのような仕事の形態が続いたので、実装の専門的な知識としては、実際に実装をしているほかのメンバーのほうが高いと言ってしまって良いかと思われます。
筆者自身はもともとWebのデザインなりWeb周りの技術が好きでこの業界に入ってきた人間だったので、「ディレクター」という職種に興味を持ち、そこに身を投じようと考え、今のような働き方になったというわけではありませんでした。これは、自分と同じように技術方面から入ってきた人には理解できる感覚ではないでしょうか。
しかし、このディレクター的な役割がこの会社にとって必要であり、結果として自分は今の働き方になっていると考えています。「ディレクター」という働き方について書くとすると、無限に話が広がってしまいそうなので、この連載では「制作物の品質を上げる」というテーマを主軸におきながら、このような役割をチームの中に存在させることの意味について書いていきます。
この連載の中で書くことは、極めてピクセルグリッドの業務内容に沿ったものになっています。ピクセルグリッドという、主に受託開発で成り立っている小さい会社での話に過ぎません。ですので筆者としては、この業界で「ディレクター」と呼ばれる職種の仕事全般に当てはるとは到底考えていませんので、あくまで一例として捉えていただければと思います。
ディレクターという仕事についてふんわりとしたイメージを持っている方にとって、会社の中で働くということはどういうことかを考えるきっかけにでもなったとしたら幸いです。
なんのためにディレクション的な人員を用意するのか
まず、弊社ピクセルグリッドに仕事を依頼したいクライアントがいたとして、以下の2つのことを想像していただきたいです。
- ピクセルグリッドにとって会社で仕事を請けることの意味
- クライアントにとってピクセルグリッドに仕事を依頼することの意味
クライアントとしては、どこかに何かを発注したいケースというのは、何かしら解決したい問題があるときと考えてよいかと思われます。それは実装する人員が足りないという至極具体的な問題であったり、そもそもやりたいことはこうなのだが、どうやって何を進めたらいいのかわからないという漠然としたものだったり、ケースバイケースでしょう。そこで「ピクセルグリッドに頼もう」と考えるのはどのようなときか。これもまた理由はさまざまでしょうが、ここではピクセルグリッドに仕事を依頼する理由として「ピクセルグリッドが良い仕事をしてくると期待するから」であると仮定します。
それでは、ピクセルグリッドとしては、これを達成するためにどのようにしたら良いかを考えてみます。ここでは、松/竹/梅の3つのプランで、極端に考えてみることにします。松が最高プランで、梅がその逆。竹は中間です。
松: 全員で全力で
ピクセルグリッドが全力で良いものを作ろうと考えたら、極端に言えばこうなるでしょう。
- 全社員で作る
- 全員が納得するまで作る
これにより、ピクセルグリッドが全力でそのプロジェクトに取り組むことになるわけですから、ピクセルグリッドの考えうる最高の仕事ができることになると、まぁ言えるでしょう。
ですがこれは冗談みたいな話です。実際にそのような形で仕事をしたことはありませんし、クライアント側としても、このような形でやるという想定の超高額な見積もりを出されたら、間違いなくほかを当たることになるでしょう。
梅: 誰かにおまかせ
ではその逆を考えてみます。ピクセルグリッド的に、どのようにしたらもっとも手を抜いて、言ってみれば雑に仕事を終わらせられるかです。それは「誰か一人のメンバーに任せっきりにする」ことです。もしくは「外注に丸投げ」もこれに近いです。
このような形で仕事をすれば、うまくいかない可能性もなかなか高そうですが、何も問題なく終わる可能性もあります。ですが、これはクライアントからしたら微妙な話です。なぜならクライアントは、発注先としてピクセルグリッドを選んでいる時点で、「ピクセルグリッドが良い仕事をしてくる」と考えているためです。実際のところ、ピクセルグリッドに相談が来る仕事は、基本的にはこのパターンが多く、これはピクセルグリッドにとってありがたい話です。
そこでピクセルグリッドとして「誰かに丸投げ」をしたら、どうなってしまうか。自分がクライアントだったらこう思うんじゃないかと考えます。「だったら高津戸さんは副業でも仕事を引き受けているみたいだし、直接頼んだほうがいいや」と。こうなってしまうと、クライアントとしてはピクセルグリッドに頼んでいる意味がないですし、ピクセルグリッドメンバーである高津戸としてもピクセルグリッドで働く意味がどんどん薄れてきます。
雑に仕事を片付けるという意味では、ピクセルグリッドは、入ってきたばかりの新人に丸投げすることも可能です。それでうまくいくこともあるかもしれませんが、うまくいかないことも当然多くなるでしょう。この場合も同じで、うまくいかなかった新人は辛くなってやめていき、うまくいってもある日「この会社で働く意味とは……」と考えて長くは続かないかも知れません。
会社によってやり方はさまざまですが、ピクセルグリッドではそのように、ただ単に社員を派遣するだけのようなやり方はしない方針です。
竹: ピクセルグリッドの品質を維持した成果を出す
この2つの中間――と言っても、この2つは両極端なのでその中間の塩梅はいかに? というところですが――で、ピクセルグリッドの品質として仕事をこなすための最低条件として弊社内で採用している方法が、「実装者のほかに、最低限一人ディレクターをつける」という仕事のやり方です。
会社の仕事として妥当な働きをするために、実装者以外のメンバーをプロジェクトに混ぜます。これにより、ピクセルグリッドは全員で全力で最高のものを作り上げるほどではないにせよ、ピクセルグリッドとしてのアウトプットの品質を担保することを達成しようとしています。
その実装者以外のメンバーというのを「ディレクター」と社内では呼んでいるわけですが、では、そのディレクターがプロジェクトに混ざることで何がどう良くなるのかという話をしていきましょう。
人それぞれに個性がある
具体的な話に移る前に、まずは「人それぞれに個性がある」ということについて書いておきたいと思います。これはごく当たり前のことではありますが、重要なことです。
ここまでで書いたことを読んで、「いやいやでも私は一人でも仕事をこなせますし、実際こなしてきてるんですよ。一人でやったほうがいろいろと効率もいいですし」と考える人もいるのではないかと思います。それはそれですばらしいことだと思いますし、そうやって一人で事業を行うのも悪くないでしょう。実際、筆者の高津戸自身も、フリーランスで一人で仕事をしていた時期がありました。その頃そのように一人でうまくこなせていたら、そのままフリーランスを今も続けていたかもしれません。
ですが、その頃の私、具体的には10年以上前の私は、そのような形でうまいこと仕事を継続させることができず、端的に言えば失敗していました。この業界に、一人でもうまくいろいろ立ち回れる人はいます。ですが、その割合はそんなに多くはないように自分は感じます。何かしら専門的な知識に長けていたとしても、それだけで仕事が、要するに一人でやるとしてもそれは事業になるのでビジネスが、うまくいくというわけではないでしょう。そこにはいろいろな要素があります。
ここでピクセルグリッドの小山田を例に挙げます。小山田がどのような人物なのか、得意分野はどのようなものかというのは、CodeGridのプロフィールや執筆記事を見ていただければと思います。業務のほうでは実装をバリバリ高速でこなすメンバーでありながらも、業務外ではMicrosoftのMVPを10年以上継続していたり、three.jsのCSS3DRendererのコントリビューターであったりと、まさにこの分野ではエキスパートと呼べる人物であると言って良いかと思います。
だったらそのような小山田に仕事を丸投げすれば、それで万事解決だと、もしこれを読んでいるみなさんがピクセルグリッドの経営者であれば考えるでしょうか? 私としては、それがベストなやり方であるとは考えません。
自分が把握している小山田の要サポートポイントはいくつかあります。それは具体的にはお金の話、スケジュールの話です。いろいろなプロジェクトに少しずつ関わることがある小山田の場合、アサインされたことを忘れてしまい、半月後に忘れていたことに気付いたというようなことがたまにあります。また、小山田の特性として、頼まれたことをどんどんこなしてしまうので、結果的に想定していた以上の働きをしてしまうことがあります。それはそれで結果としては良いものになってはいたものの、後から考えると、もっと予算を相談するチャンスがあったことに気付くというようなことが発生し得ると、私、高津戸のほうでは認識しています。
それは「悪いことだから直せ」とは別に自分は思いません。ここで言いたいのは、そのように人には長けている部分と、外からのサポートがあったらベターな部分があるのであるから、2人以上で仕事して補えばそれで良いということです。今挙げたケースにおいては、要サポートな事態が発生しそうになったら、自分が出てきて予算を相談したり、週1回進捗を確認したりするだけで解決できるかもしれません。クライアントは、ピクセルグリッドに仕事を依頼しているのです。小山田に仕事を依頼しているわけではありません(仮に指名されて依頼されたとしてもです)。
だったら自分、高津戸はどうなのかと言われれば、仕事の役割的にディレクション的なことをする機会が増えました。そしてその代わり、実際に自分でコードを書く機会が減っているので、新しめのCSSのことだったり、最近のSVGのことだったり、アプリの高度な設計の話だったり、トレンドだったり、そういうことについては、一人だけで誰も文句の付けようがないほどに的確な意見を言えるつもりはありません。ですので、そういうときは社内のその話題に詳しいメンバーに相談するのです。このようなデコボコ具合は、社内を見回してみればいくらでも見つかります。
このように、実装するメンバー以外でサポート役が入ることで、ピクセルグリッドとして良い仕事ができるように試みます。このサポート役であるディレクターがどのくらい動くかは、プロジェクト/人/クライアントなどさまざまな要素に依存するので一概には言えません。
プロジェクトが始まり、よし実装するぞとなった時、作るものは既にカッチリ決まっていて、ディレクターはほとんど見ているだけになることもあります。ですが、逆にいざ作ろうとしたら、UIの挙動としてそもそもおかしい箇所があることに気付き、それを解消するために調査や検討を進めるようなことになったとしたら、具体的な実装以外の部分に多くのリソースを割くことになる場合もあります。
ひとまず、そういうのがピクセルグリッドにおけるディレクション的な仕事の一部です。そういう仕事のうち、「制作物の品質を上げる」ことに関するトピックについて、次回以降も書いていきます。